こんにちは。 自称 調教博士のたかぴです。




本日は、昨日に続き 「思い出の有馬記念」 第2弾です。




1998年有馬記念です


レース動画はこちら



私の大好きな馬の1頭、グラスワンダーが初めて勝った

有馬記念です。


この子は、非常に凛々しい顔つきで男前なところが好きでしたね。

今で言えばイケメンです(笑)



グラスワンダーは、前年に圧倒的な強さで朝日杯を制し、2歳チャンプになりました。


同期には、エルコンドルパサー、スペシャルウィーク、セイウンスカイ、

キングヘイロー等、名馬が多くいた世代です。


そのグラスワンダーですが、2歳チャンプになった後、故障をし、3歳の春はレースに出走できませんでした。


3歳時の初出走は、毎日王冠でした。

このレースには、伝説の快速馬サイレンススズカ、

同期のライバルのエルコンドルパサーが出走し豪華メンバーとなり注目されたレースとなりました。


しかし、休み明けに加え、サイレンススズカの快速ペースにはついて行けず、デビュー以来初の敗戦を経験します。


しかし、個人的には、休み明けなんで上々と思いました。



ですが、異変が起こります。

次走に、アルゼンチン共和国杯を選択したグラスワンダー陣営ですが、このレースでショッキングな敗戦を喫することになるのです。


このメンバーにまさか負けるとは、誰もが思って無かったと思います。

2、3着ならまだしも、毎日王冠より着を落とし6着に敗れたのです。


この敗戦は、さすがにショックでしたね。

早熟なのか?という思いが頭の中を駆け巡りましたが、この馬特有の

持ったままの手応えで直線を迎える姿を見ると、決してそうではないと言い聞かせていました。





復活はあるのか?

有馬記念が近づくにつれて、私の頭の中はその事でいっぱいになっていきました。


ちょうどこの年、天皇賞(秋)でサイレンススズカが亡くなるというショッキングな出来事があって、競馬を見るのが辛くなっていた時期で、それに加え大好きなグラスワンダーがもがき苦しんでおり、私のメンタルはどん底でしたね。


また、ちょうど同時期に、当時付き合っていた彼女も大病で入院しており、正にどん底中のどん底でしたね。




そんな中、有馬記念当日を迎えるわけです。


グラスワンダーは、復活を懸けて、正にスパルタと呼べる程の調教をされてきていました。

ビシバシ鍛えられていました。

私は、これで復活出来なければ本当に終わりかもと思っていましたね。


人気は、セイウンスカイ、エアグルーヴ、メジロブライトに次ぐ4番人気まで落としていました。

しかも、その3頭とは大きく離された人気で、単勝14倍くらいついてましたね。


もちろん私は、グラスワンダーの単勝一本勝負でした。



して、レースがスタートします。

グラスワンダーは、中団の位置でしっかり折り合います。レースは、

セイウンスカイの大逃げの形になりますが、それにも動じずインでじっとしてました。



3コーナー過ぎでレースが動きます。

グラスワンダーが抜群の手応えで捲り気味に上がってくるのです!



思わず私は、「よし来た!グラスワンダー来た!!」と彼女の病室で叫んでましたね(笑)

後は、「頑張れ!頑張れ!!耐えろ!!」の連発で、我を忘れてましたね(笑)



そして、1着でゴールした後は、感動で涙しながら「よく頑張った、よく頑張った」と言っていましたね。

彼女もさすがに呆れてましたけどね(笑)



このレース程無我夢中に応援したレースはないでしょうね。


最近は、思い入れのある馬が少なくなったなと、今これを書きながら思っています。



グラスワンダーは、この後も、宝塚記念、有馬記念とグランプリ3連覇を成し遂げるなど、目覚ましい活躍を見せてくれました。

翌年の有馬記念も、スペシャルウィークとの3センチ差の激闘を演じるなど、見る者を熱くさせてくれた馬でしたね。





次回は、最もショッキングだった有馬記念について書こうと思います。

本日は、長々とお付き合い頂きありがとうございました。




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